武将起請文(ぶしょうきしょうもん) 市指定有形文化財(古文書)

2017年6月1日
  • 指定年月日 昭和43年2月15日
  • 所在地 大田原市福原1130 (那須与一伝承館寄託)
  • 所有者 金剛寿院(こんごうじゅいん)
  • 員数 5通
  • 製作年代 戦国時代

 これらの文書は、那須家の祈願所である金剛寿院に残されている武将起請文です。戦国時代における下野の豪族那須氏と常陸の佐竹氏の関係を知る上で貴重なものです。

 起請文とは、神仏に呼びかけて、もし己の言が偽りならば、神仏の罰を受けることを誓約し、また相手に表明する文書です。多くの武将間で用いられ、鎌倉中期以降は、諸社の発行する牛王宝印(ごおうほういん)(一種の護符)の裏面を用いて書くのが通例となりました。本書はいずれも熊野三山より発行された牛王宝印の裏面に書かれています。

  1. 弘治3年(1557)佐竹義昭より那須資胤(すけたね)宛 2通
  2. 元亀3年(1572)佐竹義重より那須資胤宛 1通
  3. 天正10年(1582)佐竹義重より那須資晴(すけはる)宛 1通
  4. 年未詳9月5日右衛門佐綱繁より一笑軒宛 1通

 
1の1 宇都宮城の壬生綱雄を攻めようとしていた義昭が、那須氏との関係改善を図ろうとして、資胤と同盟を結びました。
 

 
1の2 佐竹氏と那須氏の同盟につき、婚姻関係を結ぶことを再確認するもの。これは実現しなかったとみられますが、のちに義昭の孫義宣と資胤の娘が結婚し、両氏の間に婚姻関係が結ばれることになりました。
 

 
2 それまで対立関係にあった那須氏と佐竹氏が和睦し、同盟を締結しようとすることを約した起請文です。
 

 
3 那須氏と佐竹氏の同盟関係を改めて確認するもの。直前に起こった本能寺の変の影響で、関東から織田氏勢力が大きく後退し、勢力分布が変化するという事態を受けてのものと考えられます。
 

 

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