佐久山城跡(さくやまじょうあと) 市指定史跡

2017年5月2日
  • 指定年月日 昭和36年12月8日
  • 所在地 大田原市佐久山4458
  • 管理者 大田原市

 文治3年(1187)、那須資隆(すけたか)の次男泰隆(やすたか)は、佐久山の地に築城して佐久山氏を称して居住しました。のち永禄6年(1563)、子孫の佐久山義隆は一族の福原資孝(すけたか)(大田原資清(すけきよ)の次子)に滅ぼされ、廃城となりました。西側及び南側の一部に土塁が残っています。

 その後、天正18年(1590)福原資孝の子資保(すけやす)は、片府田館(かたふたやかた)(市指定史跡)より佐久山四つ谷に陣屋を移しました。のち元禄15年(1702)福原資倍(すけます)が城の一部を補修し、山麓に陣屋を構え、四つ谷の地から移り、以降福原氏が明治まで居住して、明治2年(1869)福原資生(すけおき)が版籍を奉還しました。

 城跡は現在御殿山(ごてんやま)公園と呼ばれ、一般利用されています。公園は現在、楓(かえで)の名所として知られますが、楓は「土佐楓」と呼ばれ、これは土佐の山内氏から養子となり文政2年(1819)に家督を継いだ福原資敬(すけたか)(1800から20)がもたらしたものと伝えられています。 

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(参考文献) 

  • 『栃木県の中世城館跡』栃木県教育委員会 1982年(170ページ)
  • 『那須の戦国時代』 北那須郷土史研究会編 下野新聞社刊 1989年(43、45ページ)

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