石井沢増次墓地(いしいざわますつぐぼち) 市指定史跡

2017年2月14日
  • 指定年月日 昭和46年2月12日
  • 所在地 大田原市黒羽向町977
  • 管理者 大田原市 

 大関弥五郎増次の墓地で、大田原市立川西小学校の土手下にあります。

 大関増次は大関宗増(むねます)の子で、白旗城を本拠としていましたが、天文11年(1542)12月20日、同じく那須氏の有力家臣である那須衆の大田原資清(すけきよ)と石井沢(現黒羽向町)の地に戦って敗れ、自刃しました。増次の家臣五月女越後増行、大沼弾正泰宗も共に戦死し、同墓地内に墓碑があります。

 黒羽藩主大関増業(ますなり)編述の「創垂可継(そうすいかけい)」(県指定文化財)中の「多治比系伝(たじひけいでん)」には、増次の墳墓は石井沢の野中にあり、榎(えのき)の大樹を植えて墓標としており、のちの増業の代になって四面に垣をめぐらしたとあります。

 大関増次亡き後、大田原資清の子、高増(たかます)が大関家を継ぎました。

  石井沢増次墓地.jpg

 (参考文献)

  • 『黒羽町誌』黒羽町 1982年(247から248ページ)
  • 『創垂可継』黒羽町教育委員会編 柏書房刊 1968年
  • 『那須の戦国時代』北那須郷土史研究会編 下野新聞社刊 1989年(78から85ページ)
  • 『大田原市史 前編』大田原市 1975年(272から278ページ)
  • 『那須郡誌』蓮実長著 下野新聞社刊 1970年(156ページ) 

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