大関家代々墓地(おおぜきけだいだいぼち) 市指定史跡

2017年2月14日
  • 指定年月日 昭和46年2月12日
  • 所在地 大田原市黒羽田町450 大雄寺境内
  • 管理者 大雄寺

 黒羽藩主大関家代々の墓地で、黒羽山(くろうさん)久遠院(くおんいん)大雄寺(だいおうじ)伽藍(がらん)の南西側の丘の上にあります。墓地は、広大な丘陵の上部に位置し、下段に旧家臣の墓地が並びます。現在は旧家臣以外の諸家の墓地も混じり設けられていますが、大関家の檀那寺にふさわしく整然としており、近世大名の墓地として、規模も大きく近隣に類のない貴重なものです。

 大関家の墓碑については、歴代の順は不同で、すべて芦野石が用いられ、大小の五輪塔(ごりんとう)・宝篋印塔(ほうきょういんとう)・位牌(いはい)型墓碑等となっています。歴代の墓碑の前には、1基ずつ石灯篭も建てられています。

 なお、大関増次(ますつぐ)から何代かの小さな供養等が一角に並び立っており、長松院(ちょうしょういん)法王寺(ほうおうじ)にあったシャン姫とその娘たちの墓碑も、明治時代になって当墓地の一角に移されて並び立っています。

 大関家歴代当主(『武士と大名の古文書入門』より)

 宗増(むねます) 増次(ますつぐ) 高増(たかます) 清増(きよます) 晴増(はるます) 資増(すけます) 政増(まさます) 高増(たかます) 増親(ますちか) 増栄(ますなが(ひで)) 増恒(ますつね) 増興(ますおき) 増備(ますとも) 増輔(ますすけ) 増陽(ますはる) 増業(ますなり) 増儀(ますのり) 増昭(ますあきら) 増徳(ますよし) 増裕(ますひろ) 増勤(ますとし) 

  大関家代々墓地.jpg

(参考文献・大関氏)

  • 『黒羽町史』黒羽町 1982年
  • 『那須の戦国時代』北那須郷土史研究会編 下野新聞社刊 1989年(78,182,188ページ 他)
  • 『那須郡誌』蓮実長著 下野新聞社 1970年
  • 『武士と大名の古文書入門』 新井敦史著 天野出版工房 2009年

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