久保館跡(くぼやかたあと) 市指定史跡

2017年2月14日
  • 指定年月日 昭和59年6月1日
  • 所在地 大田原市乙連沢610
  • 管理者 個人共有

 久保館跡は乙連沢(おとれざわ)字北久保谷地にある丘陵突端の舌状地にあり、東側に断崖をもつ要害の地です。現在、土塁と堀跡と思われる遺構が残ります。

 かつては、久保氏の居館跡と伝えられているだけで、城主や構築年代、城館の史実などは不明でしたが、昭和50年代に久保氏の子孫が判明し、久保館の構築から廃城に至る経緯が判明しました。

 それによれば、初代城主は宇都宮資近(すけちか)で、永徳元年(1381)に久保館を築きました。その後2代城主久保資治(すけはる)が応永23年(1416)の上杉禅秀の乱の際切腹し、翌24年(1417)、資治の婦人和姫も自害し、その際この館を焼いたといいます。

 市内には中世城館跡は多数存在しますが、那須氏及びその一族以外のもので宇都宮氏一族の居城があったということについては史料が少なく、その意味で貴重です。

   久保館跡.jpg

 (参考文献)

  • 『那須の戦国時代』北那須郷土史研究会編 下野新聞社刊 1989年 (説明、略測図100ページ)
  • 『栃木県の中世城館跡』栃木県教育委員会 1982年(166ページ)

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