侍塚古墳群 (さむらいづかこふんぐん) 市指定史跡

2017年2月14日
  • 指定年月日 昭和41年2月15日(1号墳から8号墳)
  • 所在地 大田原市湯津上
  • 管理者 個人

 侍塚古墳群は下侍塚古墳(国指定史跡)のすぐ北側に展開する8基で構成された古墳群です。かつては10基程度存在していたようですが、戦後の開墾等によって消滅したといわれます。前方後円墳である1号墳、方墳である8号墳を除く6基は円墳とみられています。5号墳、8号墳は部分的な発掘調査によって、ある程度の状況が把握されていますが、大半の古墳は不明な点が多くあります。指定はそれぞれの古墳に対して個別にされています。 
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・1号墳
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 1号墳は前方後円墳で、本古墳群の中では最大規模です。前方部の一部を畑の耕作によって失っています。墳丘上には葺石(ふきいし)に用いられたと思われる川原石や円筒埴輪の破片が散在しています。

・2号墳
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 墳丘上には石製の小祠があり、葺石に用いられたと思われる川原石が散在しています。

・3号墳
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 4号墳と隣接しており、北側は那珂川に流れ込む小河川に臨む崖に位置しています。

・4号墳
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 墳頂に石製の小祠があります。

・5号墳
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 昭和29年(1954)に発掘調査が行われ、墳丘裾部に幅5メートル内外の平坦部があって、斜面には川原石による葺石が施されているのが確認されています。墳頂部及び墳丘裾部の平坦部からは埴輪が出土しており、特に裾部の平坦部では埴輪が70センチメートルから100センチメートルの間隔をおいて一重にめぐらされているのが判明しました。埴輪には、円筒埴輪のほか、鷹や馬の形をした形象埴輪もありました。その他ある程度復元が可能な須恵器(すえき)や土師器(はじき)も出土しています。
 埋葬施設については、墳頂部から掘り下げてその存在を明らかにしようと試みましたが、5メートル以上掘り下げても発見することができませんでした。調査から、古墳時代後期(6世紀)に築造された古墳と見られています。

・6号墳
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 墳丘上には葺石に用いられたと思われる川原石が散在しています。

・7号墳
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 侍塚古墳群の中で最も東にあり、墳丘の東側3分の1は那珂川の浸食により削られ崖になっています。

・8号墳
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 下侍塚古墳(国指定史跡)に一番近い場所にあります。昭和52年(1977)に土地改良事業に伴い、周溝確認のための発掘調査が行われています。周溝内から土師器(はじき)器台(きだい)の破片が出土しており、下侍塚古墳と近い時期に築造された方墳と考えられています。

 

(参考文献)
 『湯津上村誌』湯津上村 1979年(51から53ページ)

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