紙本墨画 達磨図(しほんぼくが だるまず) 市指定有形文化財(歴史資料)

2017年3月16日
  • 指定年月日 平成22年8月16日
  • 所在地 大田原市黒羽田町450 大雄寺(だいおうじ)
  • 所有者 大雄寺
  • 員数 1幅
  • 製作年代 江戸時代
  • 作者 東皐心越(とうこうしんえつ)
  • 大きさ 縦135.0センチメートル 横45.7センチメートル
  • 形状 軸装

 本作品を収める木箱の蓋にある書付によれば、東皐心越が自ら描き自ら讃(さん)を付けて拵(こしら)えた達磨像で、貞享(じょうきょう)元年(1684)、当時の黒羽藩主大関増栄(ますなが)が大雄寺に寄附をしたものであることがわかります。

 作者の東皐心越は江戸時代に中国から渡来した禅僧で、明朝末期の1639年、浙江省(せっこうしょう)に生まれ幼くして仏門に入り、杭州(こうしゅう)の永福寺などで修行しました。その後日本に渡ることを決意し延宝4年(1676)薩摩に到着、長崎の興福寺を経て、天和3年(1683)徳川光圀に迎えられて水戸の天徳寺(のちの祇園寺)で住侍(じゅうじ)となり、元禄8年(1695)水戸で亡くなりました。

 心越は曹洞宗寿昌派の禅の他、書画、篆刻(てんこく)、琴、医術など当時の中国の様々な文化を伝えています。そしてそれを長崎・江戸・水戸などに広め、それは水戸と藩境を接し、那珂川で繋がっていた黒羽にももたらされました。元禄6年(1693)には那須温泉への旅に出、帰途黒羽の大雄寺や長渓寺に立ち寄っています。那須湯本で「那須山湯泉八景并序」を、長渓寺では「心月山長渓寺十景」を作っています。本作品は「乗龍菩薩・竹・梅」(市指定文化財)や「霊鷲」(扁額)や「学無為」(扁額)といった大雄寺に遺っている他の心越ゆかりの作品とともに、遙か遠い中国の文化が関東の北の端にまでもたらされたことを示す貴重な資料です。 

 

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